フォーラム「我がまちの地域包括ケアについて語ろう」を開催しました!


2016年3月12日土曜日、小雨が降る寒い日にもかかわらず、100名を超える参加者に恵まれてフォーラムを開催しました。当日、お忙しい中、医師会館に足を運んでくださった皆様、ご講演してくださったパネリストの方々と座長に心より感謝いたします。

フォーラムの司会者は共催者である「NPO法人ピクニックケア」の理事長、宮原和道氏。開会の挨拶は同じく共催者である「NPO法人なかのドリーム」の理事長、高田功二氏。高田氏は当フォーラムの開催にあたり助成いただいた勇美記念財団に感謝を述べ、そして、東日本大震災から5年ということで参加者全員で黙とうを捧げ、被災地の真の復興を祈りました。

こうして始まったフォーラムの第一部はパネルディスカッション。 この度の趣旨は「まちには病や障害により、生活のし辛さを抱えながら暮らしている多様な年齢の人々がいることを知ること。」まずは知ることから始めようというもの。そこから同じまちでともに暮らし、共に生きていくために自分たちは何ができるかを考えていければと思いました。

.facebook_1459063396368   フォーラム会場

受付ボランティア  受付のボランティアの皆様

最初のパネリストは、田中一二三氏。田中氏は高次脳機能障害者の家族という立場で発言。田中氏は現在高次脳機能障害に関する相談窓口である「つむぎ」で月に一度、「お茶会」と称した家族会を催しています。

田中氏 田中氏の夫Sさんは41歳の時に小脳梗塞という病気を発症し、田中氏は突然、介護者となりました。Sさんは45歳となった現在も高次脳機能障害を抱えながら暮らしています。田中氏は、先ず夫の例をあげながら、高次脳機能障害とはどのような障害か?認知症とどう違うのか?を説明。どちらも後天的なものですが、認知症が徐々に進行するのに対して、高次脳機能障害は本当にゆっくりだが回復する部分がある点で異なります。 そして、退院時して在宅介護を始めた頃は気管切開と胃ろうという医療行為が必要な状態で、24時間続く介護に心身ともに疲れ果てて、内に籠り、孤独であったと発言。それでも身近にいた訪問看護師や理学療法士に気持ちを吐露し、相談することにより、徐々に気持ちが外向きになれたといいます。その後、できるだけ夫婦でまちを歩き、外食にチャレンジするなど、活動範囲が広がっていく中で、「自分たちから障害を伝えて理解を求めれば、まちの人は助けてくれる!」、ことがわかったと。まとめとして、障害 を抱えていても地域で安心して暮らしていくためには、「①介護者が孤独に陥らないように、身近に相談できる場所があること。②そこには正確な支援の情報があり、安定したサービスが受けられること。そして③当事者、介護者自身も暮らし辛さと支援してもらいたい内容を周りに伝えていく努力を行うことが大切である。」と提言されました。最後には「ヘルプカード」をみたら何らかの障害を抱えていることに気づき、配慮をお願いしたいと述べました。 ヘルプマーク                                                     ヘルプマーク

二人目のパネリストは特定非営利活動法人なかのドリームの理事である山田正興氏。山田氏は産婦人科医の立場で在宅の重度心身障害児・者支援に携わっておられます。

山田先生講演2山田正興先生 講演同氏は最初に「地域包括ケア」とはどのようなことかを踏まえた上で、人類は「生理的早産」というジレンマを抱えている、人の乳児は子宮外胎児であり、フィンランドではゼロ歳児は自宅で親と過ごすという社会的合意があることを紹介。 一方、日本では出生数の減少と共に晩婚化にともなうり晩産化が特徴的であり、未熟児出産や医療依存度の高い重症児が増えていると説明。長期入院児を在宅移行させていくためにも地域包括ケアシステムは重要であるが、小児在宅医療においては医療提供や社会資源の少なさ、親の負担など課題がたくさんあると発言。同氏は医師会として医療的なケアが必要な親子にかかわる中で、親の熱心さに動かされて、NPO法人の立ち上げに参加されたとのことです。NPO法人なかのドリームは「地域のネットワークを活かし、重症心身障害児とその家族が安心して暮らせる地域社会をつくる」ことを設立趣旨とし、放課後デイサービスなどの支援事業を開始したことを紹介されました。なかのドリームの長所は「当事者が支援者であり、支援者が当事者である」という点にも触れ、応援してほしいと参加者に投げかけられました。

三人目のパネリストは特定非営利活動法人ホームホスピス武蔵野(小平市)の理事長の嶋崎叔子氏となかの里を紡ぐ会の冨田。嶋崎氏は小平市で賃貸マンションの一階で「ホームホスピス楪」を開設して2年となります。5人の住人の暮らしをヘルパーが365日24時間体制で支えています。

嶋崎氏

 

まず、冨田より、ホームホスピスとは「ホスピスの理念に沿って、病いや障害があっても最期まで個人の尊厳をもって、その人らしく暮らせる『家』である」と説明。「ホスピス」は日本にはがんの終末期の人が入る病棟として導入されましたが、本来は「おもてなし」という意味があります。

そして、嶋崎氏は自身の母親をホスピスで看取った経験からそこで受けた「おもてなしのこころ」を世の中に伝えていこうと「ホームホスピス」を立ち上げ、ひとの「暮らし」と「いのち」をその最期まで支えていく活動を始めました。同氏は楪での穏やかな暮らしや地域とのつながりを写真で紹介しながら、「ホームホスピスは一人ひとりの価値観や生まれ育った環境はちがっても、楽しさ、さびしさ、切なさを共に感じられるところ」、そしてまた、「住人も、家族も、スタッフも、医師も看護師、ボランティアも大きな家族のような関係を紡いでいき、その中で互いに助け合い、互いに豊かになっていくところ」と話します。最後に「人の最期を看取る場面が穏やかであればあるほど、残された人々の気持ちは和らぐ」、「人は一人として同じ顔や性格ではないのと同じように、病気や障害も、その人の個性としてみんなが堂々と暮らせる街になればといいと思う」と提言されました。

 

パネリストの発表を終え、次に会場とのディスカッション。

パネルディスカッション  フロアからの質問に答える田中氏

 

座長

最初に座長の渡辺幸康氏よりそれぞれが活動を始めた動機について質問。

田中氏は自分たちと同じように困っている人がたくさんいるのではないかと思い、当事者同士が支えあう場所が作ろうと考えたとのこと。山田氏は互いに支えあい居場所づくりに取り組もうとしている重症心身障害児の親たちのパワーに圧倒され、医師として応援しようと考えられたといいます。そして、嶋崎氏は発表の中にもあったように母親をホスピスで看取った経験と遺族会での出会いから「人はどんなに辛くても、寂しくても同じ思いの人がいると思えることで生きていけることを知った。宮崎の「かあさんの家」のことを知りこれだ!と思った」と話されました。冨田は地域包括ケア勤務時代に一度入院してしまうと帰る居場所がなくなってしまう人、孤独でなくなっていく人に出会い、傍でいのちに寄り添う仕事に就こうと思ったことを話しました。

会場からは「ホームホスピス」の家さがしの難しさにいて質問がありました。これに対して嶋崎氏は「家さがしには1年くらいかかり、本当に苦労した。趣旨には賛同するがうちの家は貸せないと何度も言われた。今の場所は店舗として出ていたところでした。」、「中野の家探しの苦労がわかるので早く見つかり、一緒に助けあいながらやっていきたい」と返答されます。

続いて、高次脳機能障害者のための居場所、サロンは知的障害などと一緒では難しいのか?という質問。この質問には田中氏と山田氏から「高次脳機能障害は後天的、知的障害とは異なるため、先ずは高次脳機能障害で悩んでいる人たちを支える活動を始めていることが説明されました。症状が似ているので認知症とも区別がわかりにくい、高次脳機能障害。まだまだ、区民に伝えていく必要があることがわかりました。

フォーラムの第二部はLIEBEの皆様によるミニコンサート。LIEBEの皆様はソプラノ2名、ピアノとバイオリンの女性4人の演奏ユニット。音楽を聴きたくても自分たちでコンサート会場まで行くことが出来ない方々のところ、小さな福祉施設などにも出向いて音楽を届ける活動をされています。なんとこの日はLIEBEの活動100回目のコンサートとなったそうです。参加者はバイオリンやピアノの美しい音色や心に響くソプラノの歌声に癒されました。そして、最後に皆が知っている「ふるさと」と「見上げてごらん空の星」を全員で歌い、会場が一つになりました。終了後のアンケートには「コンサート奏者の皆様も地域包括ケアの一員と感じた」との意見がありました。LIEBEの皆様に心より感謝申し上げます。

コンサート    コンサート3    

最後に区民として共催してくださった宮桃町会会長の中山浩一氏より閉会の挨拶が行われ、フォーラムは和やかな雰囲気の中で終了いたしました。

振り返ってみると、この度のフォーラムは大冒険であったかもしれません。地域包括ケアは子どもも大人も、認知症や他の病や障害がある人も皆が、ともに住み慣れた地域で暮らし続けるためのものだから、皆で集まってしまおう!という発想で企画しました。話を伺ってみると実際の現場は一つ一つがたくさんの課題を抱えていました。それぞれをもっと深く知っていくことも大切であると痛感します。

ただ、この度の機会を通して、普段なかなか出会うことのない領域の方々と知り合いになることができました。そして、たとえ年齢や抱えている課題が違っていても、「いのちを大切にして精一杯生きる」という点では共通していること、一人ひとりが安心する「居場所」を探していることを学びました。また皆が少しづつ他者を思いやり、自分ができる応援を考えるきっかけともなったものと拝察します。区民が自分の暮らしている地域でできること、行政や医療・介護・福祉の専門職が取り組むこと、その両者が繋がっていけば、安心して暮らし続けることができる素敵なまちとなるのかな…と改めて感じています。

末筆になりましたが、フォーラムの開催にあたり助成いただきました公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団に心より感謝申し上げます。そして一緒に開催して下さった特定非営利活動法人ピクニックケアの皆様、特定非営利活動法人なかのドリームの皆様、区民有志として参加して下さった中山浩一氏、伊藤勝政氏、当日ボランティアに駆けつけてくださった皆様、後援をしてくださった中野区、中野区医師会、中野区社会福祉協議会の皆様にも心より感謝申し上げます。(文責 冨田眞紀子)